THE TASAKI MUSEUM OF ART

田崎美術館について

沿革

田崎美術館は、文化勲章受章画家・田崎廣助が、戦前・戦後を通じて第二の故郷として深く愛した軽井沢の地に、自身の作品を恒久的に保存し公開することを願い、構想された美術館です。自然と向き合いながら制作を続けた廣助は、この地において自らの画業の集大成を後世に伝える場を設けることを強く望み、その想いは美術館の設立というかたちで結実しました。

廣助は昭和41年から軽井沢三笠にアトリエを持ち、浅間、白樺湖を背景に蓼科、八ヶ岳、妙高と野尻湖など多数の作品を世に残しました。また、明治、大正、昭和を生き抜いた廣助は生前おびただしいほどの画人文化交友をしており、その資料だけでも、画壇創世記から今日までの歴史そのものであるといわれています。

当館はその廣助の遺作展示および画人文化交友の資料を常設した美術館でありながら、他方で公募展、講演会、研究会など文化社交の場としても活用できるよう配慮しております。

美術館の建物について

本建築は、原広司氏設計による積乱形の屋根と幾何学的な壁面構成を特徴とし、軽井沢の豊かな自然環境と調和しながらも強い造形的個性を放つ、華麗かつ斬新な造りとなっています。建物は中庭を囲む構成を採り、展示室、資料室、応接室、研究室、そしてロビーなどが有機的に配置され、来館者の動線や滞在体験に配慮した、機能性にも優れた空間構成となっています。

この建築は、美術館としての機能を満たすにとどまらず、建築そのものが鑑賞の対象となる文化的価値を有する作品として高く評価され、昭和61年(1986年)には日本建築学会賞を受賞しました。自然と建築、展示と空間体験が一体となった当館の建物は、原広司氏の建築思想を体感できる場として、現在も多くの来館者を魅了し続けています。

田崎廣助の代表的作品について

田崎廣助(たざき・ひろすけ、1898-1984)は、日本の近代洋画を代表する画家の一人であり、山岳や自然を主題にした風景画で広く知られています。文化勲章受章、日展評議員・日本芸術院会員として戦前・戦後の美術界を牽引した廣助は、生涯にわたって日本の山々を描き続け、その卓越した色彩感覚と構図は多くの人々を魅了してきました。当館は、彼が軽井沢を第二の故郷として愛し制作した数々の遺作を永久保存展示する美術館として設立されました。廣助が制作に費やした時間の軌跡と、その作品を通じて育まれた画壇との交流の資料もご覧いただけます。

田崎廣助の代表作のなかでも、富士山を鮮烈な朱色で描いた「朱富士」は、とりわけ高い評価を受けています。この作品は、夏から初秋の早朝、朝日の光を受けて富士山が赤く染まる稀有な自然現象をテーマにしており、単なる風景の写しではなく、自然の生命力と画家自身の情熱が一体となった表現が特徴です。力強い筆致と鮮烈な色彩は観る者に強烈な印象を残し、田崎の画業を象徴するモチーフとして国内外の美術愛好家から高い人気を誇っています。

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「箱根朱富士」1975年

また、廣助は阿蘇山や桜島、浅間山などの雄大な山岳風景も数多く描き、「阿蘇の田崎」と称されるほど山岳画の評価が高い作家でもありました。彼の作品には、西洋油彩の技法を基礎にしつつ、日本的な感性で山と空気、光の関係を捉える独自の視点が見て取れます。こうした多様な作品を通して、田崎廣助がいかに日本の自然に寄り添い、そこから普遍的な美を引き出していったのかをご理解いただけることでしょう。

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「晩秋の阿蘇山」1967年

当館では、このような代表作の数々を通じて、田崎廣助の画業とその精神を多角的に紹介しております。ぜひ足をお運びいただき、その卓越した色彩と構図をご堪能ください。